磯部駅の目の前に佇む、どこか懐かしい外観のお店。うどん、そば、丼もの、ラーメンなどを提供する今井食堂です。
磯部温泉に現存する数少ない飲食店のうち、いわゆる昔ながらの定食を提供しているのはここだけ。定番のカツ丼から、自家製麺を使った変わり種のラーメンまで数多くの料理を磯部の地でふるまい続けているお店です。
今回はその3代目店主である今井さんに、創業までの経緯からお仕事、さらには継承のことなどについて伺います。
創業者の祖父は“ビジネスマン”だった
─今井食堂さんは、いつごろの創業になりますか。
昭和26年だから、だいたい70年前ですね。うちのじいさんとばあさんが創業して、俺で3代目だよ。
─なるほど、3代ですか!おじいさんは料理人だったのでしょうか?
いいや、トラックやタクシーの運転手だったり、アイスクリーム屋だったりしたみたい。
また、東京での仕事で街路灯を見かけて「これはいい」と磯部に輸入するとか。戦後だったこともあり色々やっていて、食堂はそば・うどんとちょっとした丼ものの店として始めたらしいんだよね。
─料理人というよりも、やり手のビジネスマンですね。どんなお客さんが利用していたのでしょうか。
そのころはちょうど近くに工場や研究所ができて、そこで働く方がたくさん来ていたみたい。飲み屋もなかったからねえ。
親の姉妹…つまり俺のおばさんが4人いて、みんな店を手伝ってたんだけど、「若い娘が働いてるぞ」ってことで若い兄ちゃんたちがよく来てたんだって。
─今井さんご自身は、お店を継ぐことについてどんなふうに考えていましたか?
親父が2代目になったのが35歳、俺が5歳のときだけど、当時からじいさんに「お前は3代目だ」って言われて育てられたから当たり前のように受け入れてたな(笑)。小学校の卒業文集で「店を継ぐぞ!」って書いてたくらい。
─教育熱心ですね!では、子どもの頃から料理もされていたのですか。
してたね!小学生のうちから自分の飯は自分で作ってたし、中学の弁当も自分でこしらえてたよ。
─筋金入り…!そこから、どちらかで修行はされましたか。
高崎市の高校を卒業した後に、すぐ横浜に修行に出たよ。もう店を継ぐことは決まってたから就職は全く考えず、知り合いをたどって中華料理店に入った。
で、タイミングが悪かったのか、俺が入った途端に先輩たちがどんどん辞めちゃって、半年くらいで大体の料理を作らされることになって(笑)。2年経ったころには完璧になっちゃったんだよね。
─それはなかなか大変でしたね(笑)。でも、おかげでスピーディーに技術が身についたわけですね。
そう。それで20歳のときに親父が迎えに来て「店を手伝え」と。本当は中華以外のとこでも修行したかったけど、まあ来いと言われたら行くしかない。
─いざ家業の食堂で働いてみて、どうでしたか?印象に残っているエピソードなどあれば教えて下さい。
うちは自家製麺なんだけど、ある時親父が脳梗塞になって麺が打てなくなっちゃってね。じゃあ俺が打つよ、って言ったら「お前にはまだ早い」って言われたんだけど、やってみたら出来ちゃったんだよね(笑)。
子どもの頃から製麺の様子を見てたから手順は覚えてて、分量さえ教えてもらえれば作れる状態だったんだよね。
─さすがですね…!!ちなみに、それまでは製麺を手伝わせてもらえなかったんでしょうか。
いいや、できるけど「できる」って言わなかったんだよ、俺の仕事が増えるから(笑)。できるとなれば全部任されそうな気がして。できないフリしといたほうが楽だからさ。
─(笑)
スープも麺も、うちで作る
─1日のスケジュールはどんなふうになっていますか?
まずは毎朝6時40分に…起きる予定(笑)。女房はもっと前に起きるよ。5時30分くらいからスープ作ってくれるんだ。俺は起きられない(笑)。
─そんなに早くに!やはり仕込みは時間がかかるのですね。
11時オープンなんだけど、ウチのスープはガラからやってるからね。
で、13時45分までお昼営業をやって17時まで準備、夜営業は19時まで。以前は21時までやってたんだけどね……。
─営業時間を短くした理由は…?
街に人が減ってきちゃったから、開けといてもね。コロナのこともあって、夜営業なんかゼロ人のこともよくある。
※取材は2020年3月、まさに緊急事態宣言が出されようというタイミングでした
─飲食店は特に厳しいですよね…。収束を願うばかりです。
─特におすすめの料理を選ぶとしたらどちらでしょう?
なんだろうなあ。もちろん全部おすすめなんだけど、例えばカレーうどんしか食べないお客さんもいるし、肉チャーハンしか食べない方もいるし。うちはこれ一本!っていう感じではないんだよね。
─たしかに、料理の数がとても多いです!メニューを作っているのは?
カツ丼、うどん、そばなどは先代から出しているものだね。ラーメンは俺が帰ってきてから出し始めた。写真入りのメニュー表は娘に作ってもらったんだよ。
実はこれ、注文が入るたびについでに撮影していったんだけど、全然注文されない料理もあって(笑)。完成にずいぶん時間がかかったなあ。
─個人的にはラーメンが好きです!よくある定食屋のラーメン、とは違いますよね。
スープも麺もうちで作ってるからね!豚、鶏ガラ、鰹節の出汁と、昭和43年から使ってる製麺機で作った麺を使ってるよ。
これからのこと
─磯部を定点観測してきた飲食店として、これからどのように立ち回っていきますか。
そうだな〜〜。お客さんだけでなくて、お店自体も減ってるからね。隣接してる建物はこの食堂以外みんな空き家。そして自分の体力的にも、末永く続けるのはなかなか難しいね。
─ 一番たいへんな作業は、やはり製麺ですか?
そうかもね!自分が一番食べるから保存料、着色料を使わずにやってるけど、ラクじゃないよね。
─後継者のことなどはどうお考えでしょうか。
いまは土日に次女が手伝ってくれてるけど、継ぐかどうかは分からない。とりあえずはあと10年ってところかな、女房が年金もらえるのがあと10年だから(笑)。
あとは、やっぱり時間帯で瞬間的に忙しくなるタイミングがあって、それが身体にくるんだよね。1日の体力をそこで使い切っちゃうの。だから最低10年、あとは体力次第って感じだな。
Information
今井食堂
住所:群馬県安中市磯部1−16−11