変化しているのは、外の世界。車好きの青年が受け継いだ「母の旅館」

(旅館提供)

眺めのよい坂道に位置する磯部温泉の旅館。適度に自然に囲まれ、1年を通して快適に楽しめる温泉地です。この景色はその一つである「見晴館」の一室から。

その名の通り部屋からは磯部温泉街を見渡すことができる宿になっています。

 

(旅館提供)

明るい和室に迎えられ、自慢の温泉と料理をゆっくりと楽しむことができる見晴館。

昭和後期創業の比較的新しい旅館ですが、建築自体には歴史があります。その背景は、代表である羽毛田さんの物語とリンクします。

 

もともと自動車整備士だったという羽毛田さんは、実は長野県出身。この見晴館を家族から継承するまで、そしてこれからの展望を語る言葉をご紹介します。

 

母から受け継いだ旅館

─羽毛田さんは、もともと磯部でお生まれになったのでしょうか?

羽毛田さん

いいや、生まれは長野なんだよね。この旅館は、自分が高校生のときにおふくろが買ったもので。

─旅館を買う…!?

羽毛田さん

初代は磯部の人が始めて、そこをまた別の人が買って、3代目としておふくろが買ったの。

 

磯部の地を訪れたときに買っちゃったらしいんだよね〜。いま自分が63だから、38年前くらいか。

─旅館を買った時点では、羽毛田さんはまだ群馬に来ていないと。

羽毛田さん

そうそう。自分は高校を卒業してから、自動車大学校に通うために群馬に来たんだよね。

 

そこで2級整備の免許を取って東京へ。2年くらい働いたかな。

─整備のお仕事をされていたんですか!

羽毛田さん

まあでもそれだけでは生活が苦しかったね。当時の給料は6万とか7万とかそれくらい。

 

車は、どっちかって言うと乗るほうが好きだったんだよね(笑)27歳くらいまでレースもやってたし。

─整備士&レーサーから旅館の仕事に……始めて聞くキャリアです……。

羽毛田さん

旅館はね、親父が亡くなってから、おふくろだけだと大変だろうから手伝うことにしたんだ。とはいえ、右も左も分からないし友達もいないし、どうしようかと思って(笑)。

 

櫻井さんちのお父さんとか、ゆきえちゃんのお兄さんとか、少しは知り合いがいたけれども年上の先輩ばかりでね。

─みなさん地元の方ですしね。

羽毛田さん

(全国の)旅館青年部に顔を出すようになってから徐々に知り合いができてきたんだけど、これまたみんな年上で。

 

その後に磯部の青年部が発足されて、やっと後輩ができて、という感じかな。

※青年部…業種や地域でくくられる商工会議所のコミュニティ。多くの場合、20歳〜40歳の経営者などが所属する

小さな旅館の大きな仕事

─これまでの取材で旅館のお仕事はすごく大変なように感じているのですが、羽毛田さんから見て「旅館」にはどんな魅力があると思いますか?

羽毛田さん

田舎への旅行となると、「現地の人とつながりたい」という気持ちが生まれるんだと思います。そこでうちみたいな小さい旅館があると、気軽に現地の人とコミュニケーションが取れる。

 

案内してお会計してサヨウナラ、って感じじゃなくて、ちょうどいい温度感で接することができるというか。

─小さい旅館だからこそ小回りがきく。

羽毛田さん

そう。この仕事には決められた時間はないからね。朝起きて、寝るまでが仕事。

(旅館提供)

─とはいえ、見晴館もご夫婦2人での経営で大変ではないですか…?

羽毛田さん

そりゃ分担できたら楽だけどね、人件費がかかるから。昼は手伝ってもらうこともあるけど、夜は女房と2人でやるしかないんだよ。

 

昔は火災報知器が鳴ったりトイレの水が出っぱなしだったりで、その対応に追われて大変だったな(笑)。今は設備が良くなって故障することはほとんどなくなったけどね。当時は謝って謝って、料金をタダにしたことも何度もあるなあ。

─奥様とのチームワークが試されますね。

羽毛田さん

本当にそう(笑)。女房とは群馬に来てから知り合ったんだけど、昔はずいぶん好きなことやらせてもらってたし、実は50代のころに大病でガクッと仕事できなくなった時期があってね。女房がいなければ大変だった。本当に頭が上がらないね。

旅館の「外」が変化している

見晴館イチオシのふわふわ豆腐は、口の中でとろける不思議な食感(旅館提供)

─先ほど設備のお話がありましたが、その他に時代によって変わった点などはありますか?

羽毛田さん

中の状況に関しては、たとえば素泊まりが3000から5000円になったくらいであまり変わらないと思うよ。ただ、外の状況が変わったかな。

─外の状況ですか。

羽毛田さん

母が経営していた時代は、旅館周辺に出張している工事関係者や設計者などのお仕事関係の方達が長期滞在してくれてたんだけど、ビジネスホテルが増えてそっちにお客さんが移ってしまったんだよね。

─となると、やはり全体的にお客さんは減ってしまっている…?

羽毛田さん

でも今は、若い人、特に女性のお客さんが多くなったと感じているよ。素泊まりの方も増えていますね。

─なるほど、そんな変化が!しかし旅館側からすると、やっぱり食事はしてほしいですか?

羽毛田さん

いやいや、好きな使い方をしてくれれば良いと思うよ!もちろん食べてくれたら嬉しいけど、「どのくらい飯を炊こうかな」とか悩みも増えるわけで(笑)。

(旅館提供)

─見晴館の今後についてお聞きしたいです。跡継ぎのご予定は…?

羽毛田さん

誰かがやってくれれば一番いいけど、うちは子どももいないからね。姪っ子は近くにいるけれども、大変だし、家族をもったら難しいし。無理にやらせたいとも思わないよ。

 

ホテルみたいな形式で経営できたらいいかもしれないけど、それもまた人件費かかるし。

─とにかく維持費がかかるんですよね。大変な仕事だ……。

羽毛田さん

建築としても、外側はリフォームしてもベースは創業時のままだしね。本当は一気に改築したいところだけど、そんな歳でもないからね。

 

自分たちの代になってからは観光のお客様にシフトしているから、くつろぎと美味しいお食事を楽しんでいただくため、設備もろもろなるべく投資をして頑張っていくつもりだよ。

─求められるスキルが想像以上に多いですよね。

羽毛田さん

全部自分で出来る人じゃないと難しいよねえ。障子、ボイラー、電気、食事、接客。6月の湿気のある時と夏のカラッとしている時でドアの開き方が違うとか、そういう小さな建物の具合も見極められないといけない。経営は大変だよ。

─羽毛田さんとしては、いつごろまでは続けたいという目安はありますか。

羽毛田さん

もう64になるから、やってもあと6年くらいじゃない。ここの3階が住まいだけど、階段でゼエゼエ言っちゃうんだよね(笑)。

 

どちらにしても、女房か俺かのどっちかがダメになったら、すぐやめるしかないね。それまでは頑張るつもりだよ。

Information

ふわふわ豆腐鍋のおいしいお宿 見晴館

公式サイト

・住所:群馬県安中市磯部1-14-5

この記事を書いた人

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市根井

群馬県出身・在住。小さな地域編集プロダクション、合同会社ユザメ代表。
地域の持続と豊かな暮らしのために走り回っています。